第4話
「チョコっと暴走!?証城寺」


甘味処「竹うま」。
商店街の中にひっそりと店を構える、明治時代から続く小さな名店である。
証城寺響は余暇があるとこの店に立ち寄り、名物の揚げまんじゅうとお茶を楽しむのがささやかな趣味だった。

「……ごちそうさま。美味しかった」

証城寺は湯飲みを置き、店主に声をかけた。ウマ族の上品そうな女性だ。
彼女は穏やかに微笑んで頭を下げ、証城寺の食べた揚げまんじゅうの皿を片付けていく。

「今日はこれだけでいいんですか?」

「あぁ、ダイエット中でね」

証城寺は口許にたくわえた豊かな髭をくすぐり、その大きなお腹を軽く叩いてみせた。

「まぁ」

店主は上品な笑みを浮かべたまま、十枚の皿を店の奥に引っ込めた。
普段はこの倍は食べるのだ。
証城寺は以前、揚げまんじゅう十五皿とクリームあんみつ五皿を平らげながら、「腹鼓師として適切な腹の張りを維持するためには必要な量の間食だ。決してわしが甘いものに目がないわけではないぞ。」と言っていた。
だが、最近は少し腹鼓の音が以前ほど通らなくなってきた。腹に脂肪が付きすぎているのだ。
太鼓と同じで、叩く面にある程度の張りがなくては良い音は出ない。そんなわけで証城寺は一週間前から、おやつを半分に減らしているのだった。
証城寺は勘定を済ませると店を出て、やや物足りないお腹を撫でながら商店街を歩き出した。

「おや?」

すぐに足を止めた。
「竹うま」の三件ほど隣のコンビニから出てきたタヌキ族の少年の姿を見つけたからだ。
身長の半分ほどはある太くて大きなしっぽをふさふさと揺らしながら、少年は商店街をのたのたと歩いていく。
証城寺に限って、彼を見間違えるはずもない。小田貫鼓だ。
証城寺は自分の愛弟子の息子である彼を一目見て以来、孫のように溺愛していた。
いや、そんな綺麗なものじゃない。まるでストーカーのようにネチネチと愛していたという方が正しい。
鼓の姿を確認するやいなや、証城寺は反射的にその後をこっそりと追い始めた。

鼓は商店街を抜け、住宅街を進んでいく。
建物や電柱の角に身を隠しながら後をつけている証城寺のことは、まるで気付いていない。
証城寺は鼓を追いかけながら、舐めるようにその姿を見つめていた。

――ふんわりとボリュームのある特徴的な髪を撫で、後ろから羽交い締めにしてお腹を揉みしだいてやりたい欲求に駆られる。
ええい、どうせならいっそのこと無理矢理路地裏に引っ張り込んで、十八歳未満の方は閲覧を遠慮してほしいような目にあわせてやろうか。

「ママぁ、このおじいちゃん変だよー」

「しっ!見ちゃいけません!!」

電柱の影に隠れて血走った目でハァハァと荒い息を立てる証城寺の横を、親子連れが逃げるように通りすぎていった。

「…………」

空は青い。

「……ゴホン」

証城寺は大きく咳払いをすると、隠れるのをやめて普通に鼓の後を追い始めた。
気付かれない程度に距離を開けながら。

「……そう、わしは腹鼓師協会副理事長の証城寺響だ。
雑用の途中で偶然顔見知りの若手の腹鼓師の姿を見つけ、彼が良からぬことをしてはいないかとか、一人前の腹鼓師として模範的な行動ができているかとか、そういったことを見極めるべく後を追っているのだ。彼が万が一にも道を誤った場合、それを正すのは年長者である我々の役目だからな。当たり前のことだが、決して彼に対して個人的な下心があるわけではないぞ、うん」

「ちょっとヤだ奥さん、今の人見ました……?」

「何か虚ろな目でブツブツ言いながら……気味が悪いわ……」

「危ない人かしら……」

証城寺の通り過ぎた後ろで、井戸端会議のおばちゃんたちが怯えた視線を向けていた。
鼓は住宅街近くの公園に入ると、ベンチに座りコンビニの袋の中身を漁り始めた。

「くっ……ここからではよく見えんっ」

証城寺は鼓の座るベンチから30メートルほど離れた位置の茂みに身を潜め、その様子を見つめていた。
鼓が袋いっぱいに買ったそれは小さな薄いお菓子のようで、何か紙切れのような物が一緒に入っているようだ。それを取り出しては鼓の顔が一喜一憂している。
どうやらお菓子を食べるために開けているわけではなさそうだ。

「えぇい、鼓は何をしているのだ……気になる……」

「バウッ!!バウッ!!」

「うぉわっ!!」

突然背後から犬に吠えられ、証城寺はのけ反るように茂みから飛び出した。

「こらチャッピー!吠えちゃダメでしょう!」

犬の飼い主の少女が、しゅんと尻尾を下げる仔犬を叱りながら公園を出て行く。
情けないことに、証城寺を脅かしたのは愛らしいトイ・プードルだった。

「これだからしつけのなってない犬は……」

思わず赤面しながら、額に滲んだ汗を拭う。

「……証城寺先生、犬がニガテなんすか?」

「昔、野良犬に噛まれてな。それ以来犬もイヌ族の連中も大嫌いだ」

「あー。健兄ぃにキツく当たるのもそれが原因っすか……」

「奴の場合はおまえにベタベタしてるのが気に食わんだけ……って」

横を見ると、いつの間にか近寄っていた鼓と目が合った。

「つっ、つつつつつづみっ!!?」

「どうも、お久しぶりっす♪」

裏返った声を上げ、思いっきり後ずさる証城寺に、鼓は行儀良く頭を下げた。

「い、いや、勘違いするな。わ、わわわしは別におまえをつけていたわけではないぞ。たまたまこの辺りを通りかかったらおまえの姿を見つけたから、そう、今まさに声をかけようかと思ってー」

「は?」

「……あぁ、いや何でもない。すまなかった」

「はぁ」

何が「すまなかった」のかわからないが、とりあえず鼓は頷いておいた。

「と、ところで鼓」

これ以上言い逃れをすると墓穴を掘るだけだということにようやく気づき、証城寺は別の話題を持ち出した。

「その袋の中身は何だ?」

先ほどから気になっていたお菓子を指差す。

「あぁ、これっすか?」

鼓は袋の中から一つ取り出すと、証城寺に手渡した。
何やらウエハースチョコのようだが、パッケージには派手なキャラクターのイラストが描かれている。

「ウッカリマンチョコっす。最近流行ってるんすよ〜」

「そんなに美味い菓子なのか?」

「いや、流行ってるのはチョコじゃなくて、おまけのシールなんすけどね。何十種類もあってなかなか揃わないんす……」

鼓は苦笑しながら、一枚の小さな正方形のシールを差し出した。
ふんどし一丁の天使のようなキャラクターが弓を構えているイラストに、『ふんどしキューピッド』とロゴが入っている。そのまんまだ。

「わしが子供の頃に流行ったメンコのようなものか……」

証城寺は頷きながら、シールを鼓に返した。

(こんなものに夢中になっているとは、何だかんだ言ってもまだまだ子供だな……)

そう考えつつも、そんな鼓の姿がやけに可愛らしく思えた。

「あと一枚で全部揃うんすけど、そろそろ諦めようかと思ってるんすよ。今もこれだけ買って出なかったし……」

「諦めるとは、あまり気持ちの良い言葉ではないな」

「ん〜、でもその最後の一枚、ものすっごいレアなんすよぉ」

「ならば尚更だ。男なら中途半端なところで妥協してはいかん」

「そうは言っても、1000個買ってようやく一枚出るかどうかってところで。ネットオークションなんかじゃその一枚についてる値段が六万円……」

鼓がしゅんと尻尾を下ろした。

「六万だと!?こんな紙切れ一枚にか!?」

「プレミアってのはそういうもんっす……」

「う〜む……」

「ほら、この袋に載ってるシールのゴールドバージョンがあるんす」

鼓が示したシールの写真には、何だかみっともない信楽焼の狸のようなキャラクターがバナナの皮に滑って転んでいる絵が描かれている。
『うっかりゼウス』という名前らしい。どの辺がゼウスなのかとか、いろいろ突っ込みたい絵柄だ。

「これを金メッキでコーティングした奴があるんす」

「……妙なものに高値がつくのだな……」

「あ、そろそろおいら仕事に戻らなきゃ……」

鼓は公園の時計台を目にし、慌てた様子で話を止めた。

「そうか、気をつけてな」

「はいっす♪証城寺先生もお気をつけて」

鼓は律儀にお辞儀をし、慌ただしく公園を走り抜けていった。

「相変わらず元気なものだ……」

証城寺は久々に鼓と話せた満足感から、しばしその場で余韻に浸っていた。

「それにしても……」

ウッカリマンチョコ。
若者の流行には疎い証城寺だったが、鼓が集めている物ならば力になりたかった。
「物は試しか……」

証城寺は帰り道にコンビニに立ち寄ると、例のウッカリマンチョコを探した。
いい歳をこいてこんなお菓子を買うのは気恥ずかしかったが、鼓の喜ぶ顔を想像すると苦にならない。

――なるほど、孫を持つ年寄りの気持ちとはこういうものなのかもしれん。

証城寺はお菓子コーナーの棚からウッカリマンチョコを見つけると、一つだけカゴに放り込んだ。
後は特に必要のない雑誌などを入れてごまかし、レジで会計を済ませた。
チョコの単価は60円。
もしその貴重なシールが入っていれば、60円が千倍の六万円に化けるのだ。
年甲斐もなくドキドキしながら、証城寺はコンビニの前でこっそりとチョコを開けてみた。

「どれ……」

ウエハースチョコの下に入っている小さなシールを取り出す。

「むう……」

証城寺は眉をひそめ、シールを戻した。
大きな丸い耳が特徴的な黒いネズミキャラ『著作権シンガイヤー』のシールだった。知らん。

がっかりしてその場を去ろうとした証城寺だったが、何か胸にモヤモヤした気持ちが残っている。
商店街をしばらく進んだところで、証城寺は決意したように顔を上げるとコンビニに引き返した。

店に入ると脇目も振らずお菓子コーナーのウッカリマンチョコの前に立ち、無造作に20パック入りの1ケースを丸ごと引っ張り出した。
ここまでやってしまったら、もう気恥ずかしさなどはどこかに消えてしまっていた。
それをレジに運び、さらに店員に訪ねた。

「この店にある分はこれだけかね?」

最初に取ったケースに入っていた12個のチョコと、店の奥から出してもらった1ケース。証城寺は合わせて32個のウッカリマンチョコを手に入れたのだった。
神社に帰るやいなや、証城寺は大量のウッカリマンチョコを次々に開け始めた。
ウエハースチョコは湿気を避けるために缶箱の中に入れ、机の上には目当てではないシールばかりが積まれていく。

「むぅ……」

証城寺は深いため息をつき、肩を落とした。
結局、買った32個の中には目的の『うっかりゼウス・ゴールドバージョン』は入っていなかった。
鼓の言う通り1000分の1の確率なら、確かにこれだけで出るものではないのだろうが。

だがこの結果は、今までどこか冷めていた証城寺の心に火を灯すこととなった。
何としても『うっかりゼウス・ゴールドバージョン』を手に入れたい。
それを鼓に贈れば、彼に1日だけ××で△△なことをする権利ぐらいはもらえるかもしれない。

「何としても……!」

当初の目的から大きくずれた、極めて不純などす黒い情熱の炎を燃やし、証城寺は財布を片手に愛車の軽自動車に乗り込み、夕暮れの町に繰り出した。
車を走らせ、コンビニやスーパーを見つけてはお菓子売り場に直行し、ウッカリマンチョコを買い占めていく。
もし仮に鼓の言う通り1000分の1の確率では、どうせ少しずつ買っても目的の一枚が出る可能性は極めて低い。
ならばいっそのこと、買える範囲のチョコ全てを。

一件目のコンビニでは1ケース。
二件目のスーパーでは3ケース。
三件目のコンビニでは、目の前で幼い子供が買おうとして手を伸ばしたものを強引に奪取し、逃げるように店を出た。
子供の刺すような視線が痛かったが……鼓への愛を貫くための尊い犠牲だ。やむを得ない。
逆に、証城寺の目の前でオタク風の男が3ケース丸ごと持ち去ってしまったこともあった。
そういう場合、悔やむよりも先に、同じ相手に再び出し抜かれることのないように証城寺は他の店に急いだ。
気を抜いたら負け続けるのみ。弱肉強食だ。

この一日だけで証城寺は10ケース、200個のチョコを買うことができた。
黄金のシールが出る確率は20パーセント。
決して高い確率ではないが、「もしかしたら」という望みは高まった。
証城寺は一旦神社に戻り、自室でシールを取り出す作業にかかった。

約200個のチョコの開封作業は骨が折れたが、それでも証城寺は音を上げることなく淡々と開け続けた。

「ふう……」

残り1ケースとなったところで、証城寺は額に滲んだ汗を拭った。
焦る気持ちを抑えるべく、傍らに置いた茶をすする。
未だに黄金のシールは出ていない。この1ケースが最後の望みだった。
証城寺は茶を飲み干すと、深呼吸をして肩をほぐした。

「……いざ、勝負!」

烈帛の気合いと共に、証城寺は鮮やかな手さばきでチョコの袋を次々にひん剥いていく。

「……あと10個」

出ない。

「……あと5個」

まだ出ない。

「あと4」

無理か……

「3」

諦めるのか……?このわしが?

「2」

いや、まだだ。たかがチョコごときが、腹鼓師協会の副理事長たるわしを舐めるな……!

「1」

証城寺は震える指先で、最後の一個をゆっくりと開封した。
緊張に震え、汗だくになった手からチョコが滑り落ちそうになるのを何とか抑え、中身のウエハースチョコの下に指を挟む。

「どうだ……」

その下に挟まっているシールを、思いきって一気に引っ張り出した。

「…………!!」

証城寺の張り詰めていた心が、解き放たれた。
大きく目を見開いた彼の目に映ったそのシールは、今までにない美しい黄金の輝きを放っていた。

「うおぉぉぉぉぉっ!!!」

そう。それは間違いなく、鼓の言っていた『うっかりゼウス・ゴールドバージョン』だった。
証城寺は気絶しそうなほどの絶叫を上げ、畳の上に倒れ伏した。

「これで鼓は……わしのものだ……」

精魂尽き果てたのか、邪な願いを呟きつつ、証城寺の意識は深い眠りに落ちていった。
翌朝。
証城寺が目を覚ますと、股の辺りがぐっしょりと湿っていた。

「いい歳になってこれをするか……」

証城寺は赤面しつつ、普段着用の甚平に着替え始めた。
夢に鼓が出てきたのだ。
例のシールをあげたら、お礼に一発アレをさせてくれる、などという夢だ。思春期の中学生が見るような。
目が覚めて夢だとわかった時には多少落胆したのだが、

「もうすぐ現実になるかもしれん……」

証城寺は黄金のシールを手にし、にんまりと笑った。
「いらっしゃいま……あっ!」

証城寺が楽運荘の扉をくぐると、ちょうど鼓が受付に立っていた。
すぐに証城寺に気づき、人懐っこい笑顔を浮かべた。

「や、やあ」

証城寺がその笑顔にクラクラしながらも、あくまでも平静を装い、受付に向かう。

「昨日はどうも。今日はご宿泊?それとも温泉っすか?」

「あぁ、いや。特にそういった用事はないんだが、ちょっと近くを通ったついでに渡したい物があってな」

「ほえ?」

「ほれ、昨日おまえが話していたウッカリマンチョコの件だ。あの後、試しにわしも『一個だけ』買ってみたんだが……」

『おまえのために町中を走り回って二百個以上買った』と言ってやりたい気持ちを抑え、証城寺はあくまでも平然と、何気なく黄金のシールをポケットから取り出した。

「証城寺先生、これ……!」

途端に鼓の目の色が変わる。

「う、うむ。もしかしたら欲しがっていた一枚はこれかと思ってな」

「すごいっす!まさか一個買っただけで出るなんて……」

「ビギナーズラックというものだな。ほれ、礼には及ばんよ」

シールを手渡された鼓は満面の笑みを浮かべて証城寺に頭を下げた。

「ありがとうっす〜!きっと喜ぶっすよ〜♪」

喜ぶ……?誰が?

証城寺は鼓の言葉に違和感を覚え、首を捻った。
鼓はフロント奥の事務所に向かって、元気な声でその人物の名を呼んだ。

「健兄ぃー、証城寺先生がこれあげるってー!」

「な……」

その瞬間、証城寺の体から物凄い勢いで力が抜けていった。

「え、なになに!?」

証城寺の嫌いなイヌ族の青年――乾健介がドカドカとやって来て、鼓からシールを受け取る。

「うわっ、うっかりゼウスのゴールドバージョン!!」

健介はシールと証城寺を何度も交互に見つめながら、子供のように喜んだ。
同じ鼓に想いを寄せている健介と証城寺は決して仲の良い関係ではなかったが、この時ばかりはフロントを越えて証城寺の前に歩み寄り、何度も何度も頭を下げた。

「本当にありがとう!今までいけすかない爺さんだと思ってたけど、やっぱ最高だよ!!」

健介は涙まで浮かべて、証城寺の手を強く握った。

「あの……シールを集めていたのは鼓では……」

魂の抜けた声の証城寺の質問に、鼓が答えた。

「ああ、おいらは健兄ぃに頼まれて買いに行ってただけっすよ〜」

「うん、俺はシールだけ手に入ればいいから、駄賃がわりにチョコをあげるって条件で……」

「言ってなかったっすかねぇ」

「……聞いとらん……」

証城寺の努力と欲望は、呆気ない形で報われない結末を迎えた。

そううまく行くはずがないのだ。
まして、下心による行動など。仮にも神職に携わる者のすることではないし、きっと罰が当たったのだ。
「しかし……」

証城寺は駐車場に向かう足を止め、ふっとため息をついた。
静かな空を見上げる。

――鼓に喜んでもらいたかっただけなのだ。
そのためなら何だってしてみせる。下心ではない、純粋な好意として。
そんな思いを天が汲み取った……のかどうかは定かでないが、彼を呼び止める声があった。

「証城寺せんせ〜!」

「ん……?」

証城寺が振り向くと、短い足で鼓が追いかけてきていた。
鼓は証城寺に追い付くと、一枚のチケットを証城寺に差し出した。

「これ、おいらと健兄ぃからのお礼ってことで。またいつでも泊まりに来てくださいっす♪」

楽運荘無料宿泊券。
そう書かれたチケットを受け取った瞬間、証城寺の心に言い知れぬ嬉しさが込み上げてきた。

「いいのか……?」

「はいっす」

証城寺は宿泊券を手にしばし何かを想い、鼓に軽く頭を下げた。

「ありがとう。あの健介にもそう伝えてくれるか?」

「……あは♪」

鼓の顔がパッと明るくなった。

「ん?」

「いや、これを機に、健兄ぃと仲良くなってくれたらいいなぁって」

その言葉に、先ほどの嬉しそうな健介の顔が脳裏をよぎった。
なかなかどうして、悪い気はしなかったのだ。
お互いに相性は悪いはずなのだが。それを踏まえ、鼓にこう答えた。

「……馬鹿を言うな。それとこれとは別の問題だ」

「ちぇ〜」

露骨にすねた顔をする鼓に、証城寺は小声で付け加えた。

「しかし、嫌いではないかもしれん……」

「え?」

聞き取れなかったのか、鼓が首を傾げる。

「何でもない」

そう言って、さりげなく鼓の頭を軽く叩いてやる。
不満そうに唇を尖らせる鼓に背を向け、

「またな」

証城寺は軽く手を振った。

「あ、お気をつけて」

慌てて鼓が深々と礼をし、見送る。
思惑を大きく外した証城寺だったが、何故かすっきりとした気分で帰路につくことができた。

だが、問題はまだ残っていた。
証城寺の開けた二百個ものチョコが、彼の机の上にこんもりと山を作っていたのを忘れていた。
証城寺のダイエットは、当分先のことになりそうだ。

→第5話 「思い込んだら黒毛和牛!」

戻る