第3話
「神楽いばる!彼、ライバル!?」


「なぁ鼓?」

「はいっす?」

鼓が和室の隅で腹鼓を打つ時のための法被姿に着替えていると、絹田が耳打ちをしてきた。

「正直、わしはお主に勝って欲しいと思う。奴には可愛いげがまるでないからな」

「まぁ、仰りたいことはわかるっすけど…」

「そこで、だ…」

「?」

「どうかな、今夜わしと一泊してくれれば評価を甘めに…」

ばこーん!!

本日何度目だろうか。
鼓に後頭部からぶっ飛ばされ、絹田は思いっきり壁に顔面を打ち付け、そのままずるずるとうつ伏せになった。

「おいら、そういう相手は間に合ってるっすから!」

憤慨する鼓のその一言を、絹田は残念そうに聞いていた。

「なんじゃ、いるのか…」
腹鼓というのは、本来は格式張っているものだ。
鼓などは割とどんな場所でも平気で打ち鳴らすのだが、こうした腹鼓師協会主催の正式な行事においては、相応の儀礼が必要となる。
例えば、服装。
腹鼓師の演奏時の正式な服装は、前をはだけた法被である。
お祭でよく見掛けるようなものと基本的には変わらず、下は膝上までの高さのスパッツタイプの下衣を身につける。
この法被は腹鼓師それぞれが自分で用意するのが基本で、鼓は亡くなった父親の使っていたのと同じ柄のものを女将に作ってもらった。
緑地に、白い石垣模様のアクセントが付いている。
シンプルだが、それ故に鼓の丸っこい体格をよく引き立てていた。

一方、震太郎の法被はとても豪華な仕様になっている。
純白のシルクでできた法被に、金ラインのアクセントが輝いている。所々がキラキラと閃いているのは、どうやら細かく砕いたダイヤモンドが散りばめてあるらしい。
もはや法被と呼べるかどうか微妙なほどの派手な服だが、震太郎にはその高圧的な態度と相まって実にフィットしていた。
今、この広い和室で鼓と震太郎は肩を並べて正座し、絹田と向かい合っている。

「二人とも、良いかな?」

絹田の問いに、二人はこくりと静かに頭を下げる。

「…ではこれより、腹鼓師印可、昇格試験をとり行う」

厳粛に言い、絹田は両手を静かに左右に広げる。
それに続き、鼓と震太郎も両手を広げ、上体を反らしてお腹を張り出す。
ふっ、と息を吐き、三人は両手を内側に滑らせ――

「「「ぽんっ!」」」

三重に重なった、腹鼓の音が打ち鳴らされた。
これが腹鼓師協会の行う行事の開始を告げる、「幕開き」と呼ばれる一打である。
絹田は正座し直すと、先ほどまでとはまるで違った重々しい口調で話し始めた。

「今回の試験は、特例として二人同時に行うこととする。制限時間は十分間。その間にどんな演奏をしても良い。
二人とも、日頃の鍛練の成果を存分に出すが良い」

同時。
つまり、いかに相手に飲まれずに腹鼓を打てるかが勝負になる。
鼓と震太郎は互いに警戒し、一瞥し合った。

「構え…」

絹田が右手を振りかざすのに合わせ、二人がお腹を張り出す。

「始め…!」

ぽんっ…

ぽぽぽぽんっ、ぽぽんっ!

「!」

鼓は驚いて震太郎に目を向けた。
鼓が一打を打つ間に、相当な速さの手さばきで連打を打っている。
一般的な和太鼓方式の奏法ではなく、まるでドラムのように。
余りにも自分と違うペースに呑まれそうだったが、それでも鼓は懸命に、一打一打を確実に響かせていく。

(ふむ…)

絹田は腕組みをし、目を閉じて二人の音に集中する。

ぽんっ、ぽぽんっ、ぽんっ♪

ぽぽぽぽんっ、ぽんっ、ぽぽぽぽぽぽんっ♪

腹鼓に余程神経を使っているのか、鼓の全身が汗だくになっているのに対し、震太郎の奏法は優雅で無駄がなく、舞うような動きで汗を振り切っている。
鼓は、震太郎との技術の差をその身で感じていた。
音の勢い、指さばき、全てにおいて負けている。
汗だくになっているのは、苛立ちと焦りによるものも大きい。
そんな鼓に、震太郎がニヤリと目を細めた。
鼓の心に悔しさが沸き上がる。
負けたくない、この人だけには。

(あぁ、もぅっ…!!)

鼓の中で、苛立ちを吹っ切るように何かが弾けた。

ドンッ…!!

空気をも震わす、一際大きい太鼓の音が響く。
鼓は、咄嗟に平手から握り拳での奏法に切り替えていた。
こうすることで、小太鼓の音を大太鼓の音に変えることができる。
「小鼓」に対する「大鼓」という。
コントロールが難しく、鳴らしにくい奏法だったが、技術で劣る鼓が震太郎の音を逆に呑み込むにはこれしかなかった。

ドドンッ…!

ぽぽんっ…!

「ふむ」

絹田が、何かに納得したように頷くと、すっと右手を掲げた。

「そこまで!」

「…っ!」

鼓は勢いに乗ってきた車が急ブレーキをかけるように手を止め、その場にがっくりと膝をついた。
体力の消耗から、息が荒い。

「はぁ…はぁ…」

肩で息をしながら横目で震太郎を見ると、こちらは軽く鼻で息をしながら、乱れた法被を整えている。
大きいのは態度だけではなかった。
実力の差。
鼓は敗北を確信した。
そんな鼓にニヤリと笑い、震太郎は無造作に正座して絹田に尋ねた。

「では結果を聞かせてもらおうか、絹田先生?」

「うむ」

「…お願いします…」

鼓はようやく呼吸を整えると、悔しそうな表情も露わに、絹田に向かい正座した。
絹田は一呼吸置き、言葉を切り出した。

「腹鼓師教会・印可昇格試験、今回の合格者は…」

鼓と震太郎の注目が集まるのを確認し、絹田は胸の前で両手を×の字に交差した。

「なし、じゃ!」

「「!?」」

思いもよらぬその言葉に、二人が目を丸くする。

「馬鹿なっ!!」

真っ先に震太郎が食いついた。
絹田に掴みかからんとする勢いで立ち上がり、鼓を指差した。

「冗談は程々にしてもらおう。俺がこんな愚直なだけの小僧に劣るとでも・・・」

「劣るなどとは言っておらんわバカタレ。貴様も鼓も、印可にはまだ早いということじゃ」

「何!?」

「修行が足りんと言っておる」

「お言葉っすけど、絹田先生」

鼓が恐る恐る声をかけた。

「おいらはともかく、その…実際、おいらこの震太郎って人には敵わないと思ったっす…おいらより技術もずっと上だし…」

「確かに、技術だけならこやつは印可どころか、数段先のレベルじゃ」

「当然だ。俺はそのためにアメリカまで渡って修行を…」

「だが、おまえには心がなかった」

「心だと?」

「自分が負けるわけがない。技術の差を見せ付けて鼓をからかってやろう。そういう油断からの慢心が、音に表れておったわ」

「慢心ではなく余裕と言ってほしいな」

「たわけが」

キンッ!!

「ふぐぉっ・・・!!」

絹田の目にも止まらぬ一撃を股間に受け、震太郎ががっくりとうずくまった。
絹田は鼓の前に近づくと、そのお腹を優しく撫でた。

「絹田せんせ?」

「ふむ。いい器じゃ。おまえさんの場合は技術も心も、あと一歩といったところかのう。いや、震太郎に気を乱されていなければ合格していただろうな」

「そんな、おいらは…」

「まぁ、今回の失格は失格ということだ。次の機会に、今度こそ合格しなさい」

「は…はいっす」

「納得いかあぁぁぁぁぁんっ!!!」

「うわわっ!?」

復活した震太郎は絹田を突き飛ばし、鼓に飛び掛かると、両手で首をぎゅうぎゅうと絞めた。

「ぐ、ぐるじっ…」

「俺はっ!!これほどの屈辱を感じたことはない!!小僧、貴様の名を聞いておこう!!」

「お…おだどぅぎ…どぅどぅび…」

「ドゥドゥビかっ!!よしドゥドウビ、今日から貴様は俺の宿命のライバルだ!!」

「ドゥドゥビぢゃなぐで、づづび…」

「覚えていろドゥドゥビー、俺は絶対に貴様を越えてみせる!必ずだ!」

「じ…じぬ…」

「ではさらばだ二人とも!次に会う時が、貴様らの最後だ!」

震太郎は鼓をポイッとくずかごに捨てると、場違いな捨て台詞を残して、和室を大股で出て行った。

でーんでーんでーん でっででーん でっででーん♪

どこから湧いて出たのか、黒子が今度はラジカセから『ダース・○イダーのテーマ』を流している。

「なんか、もう…どうでもいいっす、ホント…がくっ」

くずかごから這い出し、鼓はぽてっと転がり落ちてそのまま息絶えた。
「鼓、どうだった?」

楽運荘の寮の一室で、緑茶を注ぎながら健介が尋ねた。

「不合格っす…」

鼓は不機嫌そうに答えると、緑茶を口にした。

「ありゃ…ま、そんなこともあるって」

「しかも…おかげで変な人に因縁つけられちゃうし」

「変な人?」

「うん。神楽震太郎とかいうバカ王子っす…」

「…バカ王子…?」

曇った顔で語る鼓の横で、健介は首を傾げていた。
「お兄様、いかがでしたか?」

神楽家の豪邸のテラスで、紅茶を注ぎながらかなでが尋ねた。

「不合格ということだ」

震太郎は不機嫌そうに答えると、紅茶を口にした。

「あら…でも、そういうこともあります…」

「しかし…おかげで好敵手と呼べる者に出会えた」

「好敵手?」

「うむ、オダドゥギー・ドゥドゥビーという腹鼓師だ」

「…外人さん…?」

晴れやかな顔で語る震太郎の横で、かなでは首を傾げていた。

→第4話 「チョコっと暴走!?証城寺」

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