第4話『おれたちの演劇部』
「やぁーだーっ!行きたくないよぉ〜っ!!」
「子供みたいなことを言うなよ…」
リュウが喜んでしっぽを振っている頃、3年B組の教室では部長とカオルが何やら困ったことになっていた。
「あんなことがあった後じゃとてもミナちゃんに会えないよぉ…」
「知らん。ほら行くよ…」
「イヤ〜っ!」
部活に行くまいと、必死にイスにしがみつく部長をカオルが無理矢理引き離そうとする。
小柄なたぬきと大柄なクマでは力の差は歴然。
カオルはイスごと部長を抱えようとするのだが…
「離せぇ〜!えぇい、こうなりゃオイラもう部活辞めるぞ!絶対辞めてやるぅ〜!」
部長のダダのこね方がさらに激しくなる。
カオルはまいったな、という表情で、ひとまず部長を床に下ろした。
「部長がこんなんじゃ新入部員に示しがつかないでしょ…」
カオルの「新入部員」という言葉に、部長の小さな耳がピクリと動いた。
「だってぇ…オイラ、ミナちゃんにふられちゃったし…」
目をうるませて自分を見つめる部長に、カオルは困惑して頭をかいた。
部長とカオルは小学校からの友人だ。
無口なカオルも部長の前ではそれなりに喋ることができるほど、二人は親しい関係にある。
同時にカオルは、部長の子供っぽいワガママな性格も熟知している。
今のように、一度ワガママモードに入ってしまった部長はどうにも手がつけられない。
ふとカオルが時計を見ると、部活が始まる時間を15分も過ぎていることに気が付いた。
もう新入部員も来ているかもしれない。
カオルはいい加減イライラしてきた。
「じゃあもう来なくていいよ…俺、行くから…」
カオルはため息をつくと、部長をその場に残して部屋から出ていってしまった。
その後ろ姿を、部長は複雑な心境で見送った。
「はぁ…」
自分が悪いことはわかっていた。
こんな日にミナに告白などしたことも軽率だったし、しかもリュウにまでそれを見られたことで恥ずかしさや気まずさは増すばかり。
今だってダダをこねて他のみんなに迷惑をかけている。
行かなきゃいけないと、わかってはいても…
妙に意地を張ってカオルを先に行かせてしまったため、いまさら一人で行くのはなんだか余計に気まずい気がしてならない。
いつもこんな風にダダをこね、冷静になってから後悔するのが、部長の悪いところだった。
「どうするかなぁ…」
部長が頭を抱えた、その時だった。
「あれ?演劇部の部長さんですよね?」
「ん?」
あまり聞き慣れない声に頭を上げると、教室の入り口からゴールデンレトリバーの男の子が顔を出していた。
最近リュウと一緒にいる男の子だ。今朝もいたし、お昼のあの現場にもいた…
「…おぅ、たしかリュウの友達の…」
「あ、僕、コウって言います〜♪」
人懐っこくしっぽを揺らし、コウはにっこりと笑った。
「実は道に迷っちゃって…でも部長さんに会えて良かったです!」
「え、なにが?」
部長は怪訝そうに眉を動かした。
「演劇部の場所って、どこですか〜?」
「へ…!?」
思わぬ発言。
一人で行くのをためらっていた部長には、予想外の助け舟とも言えた。
一方、リュウたちは…
「あぁ、もう…部長とカオル先輩は何やってんのかな。」
待ちくたびれていた。
ミナは昼間のことを気にしているのか、リュウの口から「部長」という言葉が出る度にそわそわしている。
そんな様子にも気付かず、リュウが「そうだ」と提案した。
「ミナが迎えに行ってみたらどうかな?それだったら部長も…」
リュウはそこで言葉を止めた。
ミナの刺すような視線を感じたからである。
二人のことを知らないアキホが不思議そうに首を傾げる。
「何かあったんですか?」
「いやあ、なんでもないよ!アハハ…」
まったく、うっかり者というか、デリカシーがないというか。
リュウは優しいんだけど、少し調子に乗りすぎるところがある。
ま、それも含めてのリュウか…
そんなことを思いつつ、ミナがため息をついた。
その時、教室のドアが開いた。しかし入ってきたのは部長ではなく、カオル。
「おはよ…」
「あ、おはようございます〜。部長は一緒じゃないんスか?」
リュウのその問いに答えず、カオルの眠そうな目はミナの横に座っている、見慣れないリスの女の子に向けられている。
「誰…?」
「あ、彼女、新入部員の一年生の有栖川さんです。」
ミナの紹介を受け、アキホが恥ずかしそうに頭を下げる。
「有栖川秋穂です!よろしくお願いします…」
「…ふうん。俺、熊井薫。よろしくね…」
それだけ言うとカオルは適当な座席を選び、どっしりと腰を下ろした。
アキホはカオルの素っ気ない態度に、少し困惑したような表情を浮かべる。
かかさず、ミナが小声でフォローを入れた。
「気にしないで。カオル先輩、単に無口で照れ屋なだけだから。」
「そうなんですか?」
アキホの表情が少し和らぐ。
「あの…カオル先輩。部長は?」
リュウの問いに、カオルはただ首を振った。
リュウは困ったようにミナの方を見る。
やがてミナが口を開いた。
「私、迎えに行ってこようか。」
リュウが目を丸くする。
「え、だってミナ…」
「いいの。原因は私だし、みんなに迷惑かけたくないし…」
リュウが、何か言いたそうな視線を送る。
ミナがうんざりしたように首を振る。
「…あのさ、勘違いしないで。私は部長のことは嫌いじゃないし、信頼もしてる
。昼間のことがあったからって、別にそれは変わらないんだから。」
そう言ってミナが席を立とうとしたら、教室のドアがそっと開いた。
ドアの脇から、一同の見慣れた顔がのぞく。
「部長!!」
部長は恥ずかしそうに頭をかきながら、のそのそと教室に入ってきた。
予想外のできごとに、リュウもミナも部長にかける言葉がみつからない。
「う〜、メンゴメンゴ。トイレ行ってたら時間かかってさ。な、カオル?」
そう言ってカオルに軽くウインクする。
カオルはゴホン、と咳払いをしたきり、黙り込んだ。
「…あはっ♪」
状況を飲み込んだのか、リュウは笑顔で部長に駆け寄った。
「まったく、どんな長いトイレしてんのさぁ!来ないのかと思ったよ…」
「あ〜、悪い!ここんとこ便秘気味だったんでさ。そりゃそうと、なんか見慣れない子がいるような?もしかして…」
部長はアキホの顔を不思議そうに見つめる。
慌ててアキホが姿勢を正す。
「一年の有栖川さん。部長、変なことしちゃダメだからね。」
そう言ったのはミナだった。
「どういう意味だよぉ…」
と部長はおどけたように笑ってみせるが、どこかまだぎこちない。
だがリュウたちには別の心配事があった。
「でも、残念なことにこれ以上新入部員が増える気配がないんだけど…」
「たしかに、これじゃ人数が足りないわね…」
「そうなんですかぁ!?」
リュウとミナの言葉に、アキホががっかりしたように肩を落とす。
だが部長は、ここぞとばかりに笑って指を振った。
「チッチッチ…とりあえず心配ご無用!最後の一人はもう見付けてある!」
「マジ!?」
ミナがバカにしたような口調で驚いてみせた。
部長はなんだか鬼の首でも取ったような自身満々な顔で、その名前を呼んだ。
「ふふん…待たせたな、入っていいぞ〜、金森くん!」
ん、金森…?たしかその名前は…
リュウが耳をピクッと揺らした。
「どうもです〜!」
そう言って、愛想の良い笑顔で入ってきたのは、やはり…
「あれ、コウ!?」
リュウが思わず席を立った。
コウは照れたように笑っている。
「なんで?部活には入らないとばかり…」
「えへへ…別に入らないなんて言った覚えはないんですけど〜。」
無邪気に笑うコウに脱力したのか、リュウは再び座り込んだ。
「なんだよ、人が悪いなぁ…おれを驚かすのがそんなに好きかぁ?」
「まぁね♪」
「なんだとコイツぅ〜!」
リュウは笑ってコウに飛びかかり、頭をぐりぐりする。
「わはっ、やめてよリュウ〜!」
二人がやたらベタベタしてるのに戸惑いつつ、部長が軽く咳をした。
「…ごほん。あの〜、恋人同士イチャつきたい気持ちはわかるんですが、そろそろ部活の方を始めてもよろしいか?お二人さん。」
「恋人じゃないっての〜!」
リュウはすぐさま部長のジョークを笑って否定したが、ジョークをジョークととらえられない者が一人いた。
何、リュウとこのゴールデンレトリバーが…恋人同士…!?
男同士で!?
いや、そんなはずないわ。現にリュウだって否定してるし…
ハッ!でもこのゴールデンレトリバーは否定したわけじゃない…
まさか…まさか…
私のライバルはこのゴールデンレトリバー!!?
これはネコ族特有の直感なのか、それとも単なる思い込みか。
…ともかく、そんな妄想に取り付かれたミナが、じっとコウを睨みつけた。
その視線に気づいたのか、コウもミナに目を向けた。
「あの…ミナさんですよね?よろしくお願いしますぅ♪」
コウは屈託のない笑顔で握手を求めた。
「え!?あ、あぁ…こちらこそ…」
少々戸惑いつつ、ミナはコウの手を取った。
鈍い方なのか、先ほどの妄想は感付かれてはいないらしい。
それにしても、コウの手は大きく、柔らかかった。
そして暖かい。
ミナはあることに気が付いた。
そういえば私…リュウの手って握ったことないかも…
演じる役の上で恋人同士という設定はあっても、プライベートではお互い、何も干渉し合ったことがない。
このままでいいの…?
そんな焦りと不安をかき消すように、室内に部長の声が響いた。
「はいは〜い!んじゃ、部活始めるからみんな適当に座って〜!」
その声にコウは手を離し、またリュウの横の座席に座った。
「ま、いいか…」
ミナは小さく呟くと、ふっとため息を漏らした。手にはまだコウの手の感触が残っている。
ミナの少し複雑な気分をよそに、6人での初の部活動は始まった。
この日は6人の自己紹介と、部活動の簡単な説明にとどまった。
明日以降は、夏の大会に向けての活動に移ることになる。
ある者は期待に胸を高鳴らせ、ある者は微妙な想いに胸を焦がしていた…