第3話『敗北の昼下がり』


部活紹介から数日。
今日は各生徒が部活動希望調査書を提出し、それぞれ好きな部活に入部する「クラブ結成」の日である。
今日以降、本格的に部活動が始まる。
この朝、リュウとコウはその話題について話しながら登校していた。

「コウは何か部活やらないの?」

「うーん…ちょっと考え中なんだよね…」

「演劇部入ってくれよぉ、いま部員足りないんだって〜!」

リュウがダダをこねるように言うと、コウは困ったように眉を動かした。

「そーだなー…どーしよっかなぁ…」

「たのむ、このと〜り!」

リュウが大袈裟に手を合わせてみせた。
コウはそれをただ笑って眺めていた。

この数日間で、二人はすっかり仲良くなっていた。
お互いのこともいろいろ教え合ったし、昨日はコウがリュウの家に遊びに来た。
リュウも、一緒にいてこれだけ楽しいと思える人物にあったのは久しぶりだ。
イヌ同士で言うのもおかしいが、ウマが合うというかなんというか。
そして、できれば…
コウと一緒に部活がしたかった。
きっと楽しいと思う。
けど、コウにその話題を持ちかけると、なぜかいつも困ったような返事が返されるばかりだった。

演劇とか興味ないのかなぁ…そりゃ、たしかにちょっと他より異質な部ではあるけどさ…

リュウはそのことで少しだけ気落ちしていた。
コウはのほほんとした笑顔を絶やさないので、内心ではどう思ってるのか読みにくい。
まあ、カオル先輩ほどではないのだが…
しばらくすると二人の後ろから、朝っぱらから騒がしい声が聞こえてきた。

「おっはよ〜!リュウ〜!!」

振り向くと、声の主は案の定、自転車通学の部長だった。
まったく、どうしたらこんなに朝早くからハイテンションになれるのか、リュウには不思議でたまらなかった。

「あ、部長!おはよございま〜。」

「おはようございます。」

リュウにつられたのか、コウも軽く挨拶をした。

「おわ、男二人で仲良く登校かぁ…いいねぇ、若いうちはなんでも経験しとくもんだぞー!ムフフ…」

「はぁ!?そんなんじゃないよぉ!それに若いったって、部長と一歳しかトシ離れてないし。」

「ははっ。それもそうだわな!んじゃ、今日の放課後、部活でな!」

そう言って部長はさっさと自転車で行ってしまった。

「今のが演劇部の部長。変わってるだろ?」

「うん、まあ…」

そんなことを話していると、学校の方から始業5分前のチャイムが聞こえてきた。

「やばっ、急ぐぞ!」

「ああっ、待ってよリュウ〜!」

二人も、学校に向かって慌ただしく駆け出した。
本日のお天気は快晴。
桜は元気をなくしてきたけど、いい一日になりそうだ。


その日の昼休み。
リュウは、コウと一緒に弁当を食べる約束をしていた。
そのため、四時間目が終わるとすぐに待ち合わせ場所である中庭に向かったのだが…
中庭には、思わぬ先客がいた。
遠くから見てもよくわかる、太いしっぽと小柄な体格の部長と…あと一人は、ミナ。
リュウは声をかけようかと思ったが、どうやらそれができそうな雰囲気ではない。

なんだか、めっちゃんこシリアスで気まず〜いムードが離れていても伝わってくる…



リュウはひとまず息を潜めて柱の陰から二人の様子をうかがった。
距離があって声はよく聞こえないが、この光景はもしかすると…
いや、もしかしなくても、普段の部長のミナに対するベタベタな態度を見ていれば察しはつく。
思わぬ現場に出くわしてしまった。
覗き見は悪いと思いつつ、リュウの胸はドキドキと早鐘を打っていた。

その時、背後から…

「リュウぅ〜!おまたせぇ!」

いきなり現れたコウが楽しそうにリュウの背中を叩いた。

「どわあぁぁぁっ!!」

案の定、リュウは前のめりに倒れ込んだ。
コウが気まずそうにつぶやく。

「あ、ごめん…後ろ、弱いんだったよね。すっかり忘れてた…」

「…いや、それはいいんだけどさ…コウ…ちょいとこの状況はまずいと思うよ。」

「ふぇ?」

そう、気まずいのはコウではなく、リュウだ。
リュウは恐る恐る顔を上げた。
…ミナと、部長と目が合った。
二人も、相当に気まずそうな顔をしている。

やばい、覗き見してるのバレた…

ミナは恥ずかしそうに顔を背けると、部長に告げた。

「…ともかく、そういうのって、困るから。ごめんなさい。」

ミナはそれだけ言って、足早にその場を立ち去った。
だが立ち去る直前、鋭くリュウを睨みつけた。

誰かに言ったらコロス!

そんな怨念のようなものを感じ、リュウはすっかりちぢこまってしまった。
一方、部長は…

「ミナちゃぁん…」

中庭の芝生に、弱々しくへたり込んでしまった。

うつ伏せになったまま動かないリュウと、へたり込んだまま動かない部長を交互
に見渡し、コウはとまどった口調で言った。

「なんかぼく…悪いことしちゃったのかな…?」

「いいんだ、いいんだ、コウ…あ、弁当は違う場所で食おう、な?」

リュウは半泣きで答えた。
部長やミナとのこれからの接し方をどうすればいいか考えると、とても憂鬱だった。

どーしてこうなるんだよぉ。放課後の部活に行くのがイヤでイヤでたまらない。
お天気は快晴、だけどおれの心は真っ暗です…

ちなみにリュウがその後食べた弁当も、まったく美味しく感じられなかったことは言うまでもない。


キーンコーーンカーーーン!

六時間目の授業の終了を告げるチャイムの音を、リュウは憂鬱なキモチで聞いていた。
今からショートホームルームを行い、部活動希望調査表を提出しなければならない。
リュウの希望調査表には、すでに「継続」の欄に「演劇部」と書いてある。

でも、なんだか提出するのが怖い…
こうなると破り捨てたくもなってくる。

そんな風に調査表を眺めている内に、いつの間にかショートホームルームは始まっていた。

「ハイ、それでは一番後ろの席の人は部活の調査表を回収するように〜!」

担任の秋山先生(ちなみに、この人は秋田犬種のイヌ族。)の指示で、最後列の生徒たちが用紙の回収を始める。
リュウの列は、辻田が回収している。
いや、それにしても本当に提出しちゃっていいのか。
できれば今日は部活になど行かずにさっさと帰りたい。
さすがにあんな場面に出くわした後じゃ、部長とミナに顔を合わせるのが怖い…

そんなリュウに、辻田が横から声をかけた。

「リュウ、調査表持ってくよ〜」

「へっ!?」

「へっ!?じゃないよ。ほらほら、さっさと出す!」

「あっ、いや、あの、これは…」

うろたえるリュウの気持ちなど知らず、辻田は強引に調査表をリュウの手から強引に奪い取ると、すぐさま秋山先生に手渡してしまった。

もうおしまいだ…はぁ、ユウウツ…

絶望の淵に立つリュウなどおかまいなしに、秋山先生が淡々と話を続ける。

「はい、確かに。えー、それでは今日からさっそく部活動が始まりますので、それぞれ場所を確認して各自今から向かうように。では、今日はこれで解散。」

その後、室長の号令で「起立、礼」を終え、リュウは重い足取りでいつもの特殊教室に向かった。


「おはよ〜ございます…」

リュウが部屋のドアを開けると、教室内にはミナが一人だけ。
ミナはリュウをちらっと横目で見ると、小さく「おはよう」とだけ言って視線を反らした。

うぅっ、やっぱ気まずい…空気が重いよぉ…
でも、何か話したほうがいいのかな…

リュウがそう思っていると、逆にミナの方から声をかけてきた。

「ねぇ。」

「へ?」

「お昼の…部長とのことは、なんでもないんだからね…」

「あ、うん…」

そう答えると、また沈黙が訪れた。

なんだ、気まずいのはお互い様だよな…

その時、ミナが再び口を開いた。

「そういえば…今日一緒にいた男の子、誰?最近リュウと一緒にいるのよく見るけど。」

ほっ。何かと思えばそんな話題か…

「コウのこと?そっか、ミナはまだ直接会ったことないんだっけ。」

「うん。A組に転校生がいるって聞いたけど、あの子のこと?」

「そ。おれと家が隣同士でさ!一緒に登下校したり…」

リュウが言い終わる前に、ミナが口をはさんだ。

「仲いいんだ?」

「え?ああ。ウマが合うっていうか、イヌが合うっていうか…」

「どーせ私はネコだからね…」

「は?」

「別に。リュウ、友達つくるの上手だからね。そのコウって子、今度私にも紹介してよ。」

そう言うミナを、リュウはいたずらっぽい目つきで眺めた。

「何さ、ミナ、コウみたいな男の子がお好みなの?」

「バカ。違うわよ…」

そのとき、リュウはまだ気付いていなかった。
ミナの言葉に隠された真意に…
ミナ自身も、自分で理解しているのかいないのか。
ともかく、ミナはそれほど落ち込んだりはしてないようだ。
元々モテるだけに、今回のようなこともきっと一度や二度ではないのだろう。
現場を見ただけで動揺するリュウよりも、遥かにタフかもしれない。

問題は部長なんだよなぁ…

リュウは肩を落とした。
もしミナにふられたことがショックで、部活を辞めるとか言い出したらどうしよう。
よりによって今日は新入部員が来る日じゃないか。
部長がいなくてどうするよ?

リュウが心配でハラハラしていると、不意に教室のドアが開いた。

「!?」

リュウとミナは、互いに顔を見合わせた。

「あの、演劇部の場所ってここで良かったですか?」

そう言って入ってきたのは、活発そうな感じのリス族の女の子。
リュウとナミはすぐに状況を察した。

「えっと、入部希望の人ですか?」

リュウの問いに、リスの女の子は笑顔で答えた。

「はい!1年B組の有栖川秋穂って言います!」

「おおっ!ようこそ演劇部へ〜!」

よっしゃ!アキホちゃんか…まずは新入部員、一名ゲット!

リュウは心の中でガッツポーズをした。
ミナはリュウのしっぽが激しく上下に揺れていることに気付き、軽く笑った。
ミナにとって、リュウの考えていることは、しっぽの動きでだいたい見当がつく。
カンの鋭いネコ族のミナが、いつの間にか身に付けていた能力だ。
とはいえ、誰のしっぽでもできるわけではないが…

部長、早く来い〜!新入部員が来ましたよ〜っと!

そしてリュウは、もはや昼間のことなどすっかり忘れていた。
嫌なことがあっても、何かきっかけがあるとすぐに立ち直ることができる。
…ミナは、そんなリュウが好きだった。