第2話『出会いの放課後』


脚本を渡されてから、早くも一週間。
今日はついに午後から部活紹介がある。
どの部も体育館で一年生を相手に、様々な形で部活をアピールしなければならない。
演劇部が寸劇を上演するのは毎年の恒例である。
すでに演劇部は他の部に先駆け、昼休みの間に体育館でリハーサルを行っていた。

「頼む!もう一度考え直してくれ!話せばわかるから…」

「絶対イヤ!あんたなんか、もう顔も見たくない!!だいたいあんた、私が爬虫類ニガテだって言った時に、『僕もニガテなんだ』って言ったじゃない!それなのにどうしてあんたの部屋にガララ…ガ…」

途端にミナが焦った表情を浮かべ、部長が号令をかける。

「はいカットー!ミナちゃん、『ガラガラヘビ』ね。セリフかみやすいから気を付けて。」

結局、一週間で完璧に仕上げるのは無理だった。
リュウにいたっては、今はなんとか落ち着いたものの、三日前の夜までセリフを覚えきれていなかったのだ。

「こんなんで大丈夫なのかなぁ。上演まであと2時間もないよ?」

リュウが不安げに頭を押さえた。

「ガラガラヘビ、ガラガラヘビ、ガラガラ…」

ミナは先ほどミスったセリフを何度もリピートしている。
カオルは劇中で流すBGMや効果音の調整で、音響室にこもっている。
部長は演出上で気になった箇所にチェックを入れている。
はっきり言って不安がいっぱい。
でも、なんとしても一年生を二人入れないと…

「じゃ、これが最後のリハーサル、行くよー!」

『はいっ!』

もう、頑張るしかない。四人とも、一生懸命だった。


そんなこんなで、いよいよ部活紹介が始まった。運動部が優先で、演劇部の紹介は美術部のあと。
まだかなり時間があるので、四人は体育館の隅でセリフや動きの確認などの最終打ち合わせをして、本番に臨むことになっていた。
ふとリュウが視線を巡らすと、すでに美術部が紹介を始めている。

「いよいよだ…みんな、ファイト!」

「一発!」

「よしっ!」

そんな感じで気合いを入れ終わると、生徒会役員が演劇部を呼び出した。

「次は、演劇部の紹介です。演劇部のみなさん、どう…」

「いぃやっほぉぉぉうっっ!!」

役員が「どうぞ」を言い終わる前に、またも部長がハチャメチャなテンションで飛び出した。

「一年生のみんなぁっ!元気かい!?演劇部でぇぇぇす!」

さあ、ウケるか、すべるか…

リュウが部長の後ろから一年生の様子を伺う。
なんだかみんな、絶句というか、表情が凍りついている…!
失敗だ!!

「だからやめとけって言ったのに…」

ミナがボソッとつぶやいた。
でもまあ、インパクトは絶大だろう。良くも悪くも。

部長は気まずそうに太いしっぽを揺らしながら、リュウとミナの寸劇を紹介し、
後ろに下がった。

「メンゴ、滑った。あとは頼むね…」

「おまかせあれっ♪」

リュウは笑って部長の肩を叩き、ミナと共に舞台に上がった。

そして…

「頼む!もう一度考え直してくれ!話せばわかるから…」

「絶対イヤ!あんたなんか、もう顔も見たくない!!だいたいあんた、私が爬虫類ニガテだって言った時に、「僕もニガテなんだ」って言ったじゃない!それなのにどうしてあんたの部屋にガラガラヘビがいるのよっ!この裏切り者!」

「ガラちゃんだけは特別なんだよっ!!」

「へぇ〜、私よりヘビのほうが大事なんだ!」

「誰もそんなこと言ってないだろ!!」

「言ってるじゃない!!」

…二人の芝居を横目に、部長がそっと客席の様子を見る。
けっこうみんな圧倒されているようだ。
リュウとミナの演技は迫力があるし、カオルが入れる音楽や効果音もうまく働いている。
手応えアリ!
部長の太いしっぽがうれしそうに揺れていた。
そして、あっという間に上演時間は終わった。
拍手をしてくれる一年生もいた。

「演劇部の紹介は以上です。次は写真部の…」

ひと仕事終えた四人は、ひとまず体育館を出た。

「お疲れ様でした!」

部長が三人をねぎらう。

「どーでした?おれらの芝居は」

リュウが汗を拭きながら聞いた。

「いー感じ!これはたぶんイケるかも。」

「本当!?」

リュウと部長のしっぽが激しく揺れた。
四人とも、それなりの手応えを感じていた。
桜の花びらが舞い散る午後だった。


その日の放課後。
いつも通りミナたちと別れ、リュウはとぼとぼと歩いていた。
するとまたしても、

「あの…すいません!」

知らない声の誰かがリュウの肩を叩いた。

「わあぁっ!」

またしてもリュウは大声を上げ、知らない人の声に驚きが増したのか、今度は尻餅までついてしまった…
どうもリュウは背後からの刺激に極端に弱い。

「うはぁ〜…だ、誰!?」

リュウはお尻を軸にずりずりと180度回転すると、その人物の顔を見た。
リュウと同じイヌ族の男の子。
でも柴犬種のリュウとは違い、金色の長めの毛並みと垂れた耳。ゴールデンレトリバー種のようだ。
ずんぐりとした体型で、大きな優しい目をしてる。
誰だかわからずにリュウが首を傾げると、その男の子はリュウに手を差しのべた。

「あの…大丈夫?驚かせちゃったみたいで、ごめんなさい…ケガはない?」

「あ、うん。平気!ありがと。」

リュウはその男の子の手を取り、立ち上がった。並んでみると、リュウより少し大きい。

「えっと、キミ、見たことない顔だけど…一年生…?」

リュウは、多少戸惑いながらも問いかけてみた。いや、実際、一年生にしては大きすぎると思ったのだが。
ゴールデンレトリバーの男の子は、照れたように笑いながら答えた。

「ぼく、2年A組の金森幸太っていうんだけど、今日こっちに来たばかりで…」

「ん、2年生??ってことはおれと同じだ。でも今日来たばかりって……あ!そっか!」

「えへへ…せせらぎ市から転校してきました。」

やっぱりそうか、とリュウは思った。
同時に驚いた。せせらぎ市といえば、この国で一番の大都会だ。
対して、このくさむら市は田舎というわけではないが、これといった特徴は何も
ない地味な町。

「ほへぇ、せせらぎ市から!またどうしてこんな町に?」

「うん、お母さんの仕事の都合で。」

リュウはふぅん、と返事をしたあと、そういえば、と何かを思い出した。

「え〜と…おれに何か用があるんじゃなかったっけ?」

「あ、そうそう!ぼく、方向オンチだから…その…」

「帰り道わからなくなった?」

リュウが首をかしげると、幸太は恥ずかしそうにうなずいた。
リュウはなんだか微笑ましく思え、笑って答えた。

「この辺、結構わかりにくいからなぁ。よし、尻餅ついたのも何かの縁だ(?)家どこ?案内するよ。」

リュウがそう言ったとたん、幸太はいきなり涙を浮かべて喜んだ。

「ありがとうございますぅ〜!!」

「なにも泣くほどのことじゃないって…な?(汗)」

リュウがなだめるように幸太の肩を叩いた。
するとさらに大粒の涙が溢れてきた…
どうやらこの幸太、大変な感激屋さんらしい…

「うぅっ…ぼくの住所、ここなんだけど〜…」

そう言って幸太は一枚のメモを差し出した。
メモには自宅の住所が書かれている…が。

「あれ?ここ!?」

リュウはある事実に気付き、驚愕した。

なんてこった…この場所は…

「わかるぅ〜?」

幸太は半泣きでリュウの顔を覗き込んだ。
それに対するリュウの回答は、実に明快だった。

「わかるもなにも…ここ、おれんちのすぐ隣なんだけど。」

リュウの予想外の解答に、幸太は目を丸くした。

「…ほ、本当!?」

「うん。すごい偶然だな!」

「じゃあ…」

「一緒に帰ろうか!」

「う…うん!」

そんなわけで、二人は歩きだした。
幸太はもちろんだが、リュウの驚きも相当なものだった。

まさかこんなところで転校生の友達ができるとは思っていなかったし、しかも家が隣同士なんて奇妙な偶然じゃないか。

「そういや、まだおれの名前教えてなかったよな?」

「うん。」

「おれ、C組の柴山龍助!あ、リュウって呼んでくれていいよ〜!」

そう笑って、今度はリュウが幸太に手を差し延べた。

「じゃあぼくも、コウって呼んでほしいな♪ヨロシクですぅ!」

リュウと握手を交わしたコウは、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「こちらこそヨロシク!」

これが、リュウとコウの出会いだった。
家までの道中、いろいろな他愛もないことを話した。
せせらぎ市のことや、この町のこと。
好きなテレビ番組や芸能人のことなど…
なんだか初めて会ったとは思えないほど、二人が打ち解けるのは早かった。
でも、その時は演劇部の話題は出なかった。
学校のことを話そうとする前に、家についてしまったから。
コウの家は本当にリュウの家のすぐ隣だった。
まだ引っ越しが終わっていないらしく、家の前にたくさんのダンボール箱が置いてあるのが見えた。
二人は、明日の朝も一緒に登校する約束をし、ひとまず互いの家に帰宅した。

リュウが初めて会ったはずなのにすごく親しみを感じた転校生・コウ…

コウがくさむら市で出会った、はじめての友達・リュウ…

これからもお互い、いい友達になれるというような、確信に近い感情があった。