第15話『お笑いの新星』
「みなさぁん!おはようっす〜!お笑い同好会のいきなりオンステージっすよぉ!」
始業時刻の三十分ほど前のことだった。
続々と生徒が登校してくる校門前で、一人のシカ族の少年が、バタバタとビラを配って回っていた。
本日放課後、第二体育館にてお笑いライブ決行!
そんな内容である。
一生懸命配っている割に、ほとんどの生徒がビラを受け取らずに素通りしていた。
中には、うっとうしそうにビラを払い除ける生徒や、受け取ったビラをそのまま捨ててしまう生徒もいた。
「よぉショウタ」
登校してきたレッサーパンダの生徒が、呆れた口調で声をかけた。ショウタと呼ばれた少年は、明るく笑顔を返した。
「ダイスケ、おはよっす」
ダイスケと呼ばれたレッサーパンダの少年は、ショウタの持つビラを見るなりため息をついた。
「おまえ、またやんのかよ?」
「うん、徹夜でネタ考えたっすよぉ!」
ショウタはニコニコと笑って答えた。
「お笑い同好会、部員おまえだけだろ…」
「むっ、い、今はまだそんな感じっすけど、今日のライブが成功すれば会員も増えると〜…」
「ま、せいぜいがんばりなよ」
「ん。がんばるっす!良かったらダイスケも見にこない?」
「ごめ。おれ今日は部活。てか…ぶっちゃけ…」
「?」
「おまえの一人コント、おもしろくないんだよな…」
言っちゃった、と、ダイスケは思った。
一応お笑い芸人志望なヤツに、言ってはいけないことだったかもしれない。
凹んじゃったらどうしよう。
あー、でも常に笑ってるようなヤツだ。たまには凹んだ顔も見てみたいような。
いやしかし。
どうやらそんな心配は無用だった。
「んー、ま、お笑いってのは人のセンスに訴えかけるものっすからねぇ、そりゃ、オレのセンスと君のセンスが合わなかったという、実に悲しい現実なワケっすねぇ…」
と、懐から扇子を取り出してダイスケを扇いだ。扇子には水彩で自画像が描かれている。
相当美化されているが、絵は上手い。ダイスケは自分と同じ美術部にでも入った方がいいと何度か勧めてきたが、「群れて絵を描くのは性に合わないっす」と言い捨てられた。
「幸せなヤツだ…」
「あ、これオレの扇子、あげる!」
「いらね」
「んじゃせっかくだからビラだけでも」
「いらねってば」
「んーむ。」
「じゃ、そろそろ行くから!おまえも遅刻するなよ」
ダイスケは、あっさりと玄関に向かって歩いていった。
「……んっと」
とりあえず。
「みなさ〜ん!おはようッス〜!お笑い同好会のいきなりオンステージっすよぉぉ!」
シカ族の少年、名は鹿島翔太。一年A組15歳。
勢いだけは人一倍だった。勢いだけは。
「こら鹿島ぁ!」
機嫌良くビラを配っているショウタに、職員通用口から物凄い剣幕で担任教師が怒鳴り込んできた。
「ふぇ」
「ふぇ じゃない!またこんなに散らかして、何やってんだ!」
「ライブの宣伝っす!」
「んなことは見たらわかるわっ」
「ふむ?」
「見ろ!」
教師は校舎までの至る所にビラが散乱している有様を見せた。
「おまえが配ったビラをみんなが捨てていくから、大迷惑だ!始業時刻までに片付けろ!」
「……あ。」
ポンと手を叩いた。
「何だ」
「もー、先生ってば素直じゃないなぁ?先生もビラが欲しいならそう言えばいいっすからに」
ニコニコと無邪気にビラを差し出した。
「何をどう解釈したらそういう結論になるんだ…」
怒るとか呆れる以前に悲しくなった。
「良かったら先生も放課後見にくるといいっすよ!」
「なんでもいいからビラ、片付けてきなさい…まったく、今年で信楽が卒業するから平和になると思えば、次はこんな一年生か…」
ぐったりとうなだれながら、教師は校舎に戻っていった。
「ふーむ…信楽?」
怒られちゃったのでとりあえずビラを片付けながら、ショウタは頭の中をこねくり回した。
「…あっ、あの人かぁ」
思い出した。入学してすぐの、部活紹介の時に派手に滑ったタヌキさんだ。
結構かわいかったよなぁ…
「おもしろい人だったっすね」と言ったら、ダイスケに呆れられた。どうも趣味が合わないのに、なんであいつはオレにからんでくるっすかね?
「あっ」
そんなことを考えていると、拾おうと手を伸ばしたビラの一枚が風に吹かれて飛んでいってしまった。
「遅刻する〜っ!」
息を切らしながら、部長が校門に駆け込んだ。始業時刻まで二分ほどしかない。
部長の場合、今回遅刻すると、遅刻十回の罰として放課後の草むしりをしなければならなかった。
なので必死だった。
周りが見えなくなるほどに…と思ったら、急に前も見えなくなった。
「わっ」
顔に、何か紙のようなものが貼りついてしまっていた。
「なんだよぉ…」
紙をはがすと、「お笑いライブ」の文字。
「お笑いライブ…?」
「あ、すいませーん!オレのビラっす」
ビラを追って駆け寄ってきたショウタは、正面のタヌキを見てハッと立ち止まった。
「はいよ、急がないと遅刻だよー。チコクのジコクでジゴク。」
うおお!おもろいっす!!
ショウタはそのくだらない駄洒落に感動すら覚えてしまった。
「あの…」
部長の差し出したビラを受け取りつつ、ショウタは目を輝かせた。
「信楽先輩っすよね!?」
「ん、ああ…そだけど?」
イケる!
ショウタは思った。
この神掛かり的ギャグセンスに、真ん丸い体型、ツッコミ甲斐のありそうな弾力溢れるお腹は、コンビのボケに相応しいのではないかと。
この人と組めば、お笑い同好会の未来は明るい気がする。
ここはダメ元で!
「あ、あの…信楽センパイ!オレ、一年の鹿島翔太っす。あの…」
「な、なに…新聞なら間に合ってますよ」
「オレと…オレと…」
「……」
ショウタのあまりの気迫に、思わず生唾を飲んだ。
「オレと結婚してください!!!」
「…は」
「っだ、ちがぁうっ!!ちが、ちがいます。そうじゃなくて、えーと…んーと…」
思わずノリでボケてしまったっす。
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
「あ」
「あ…」
しまった!
「ウヒョヒョヒョ!」
チャイムが鳴ったと同時に、どこからともなくカバ族の(自称)愛と美貌の生徒指導担当教師・樺山樺子が飛び出してきた。
「今日の〜、遅刻者は二名ね〜ん!うふっ」
ドスドスと地響きと共に二人に迫ってくる。
「げぇっ…」
「信楽センパイ、すんません…」
「あ〜ららぁ、しかもいつものたぬちゃんとショウちゃんじゃな〜い!こぉら、遅刻常習犯めっ☆」
樺山樺子先生の、美しきアイビームが二人を直撃した。
「ぶへっ!」
「ぅぐっ…」
ものすごい破壊力に、二人は泣きたくなった。
遅刻の度にこんな目に遭うのだから、ずいぶん心臓が鍛えられる。鍛えすぎて止まってしまいそうだ。
「あらイヤン、二人とも今日で遅刻十回ねぇ〜。罰として、放課後運動場の草むしりだわん。やーだっ、か〜わ〜い〜そ〜う〜っ!」
かわいそうだと思うならさっさと解放してほしい…
「かわいそうだから、終わったらアタシが素敵なことしてあ・げ・るぅ。うふっ。センセー若い子どぅぁあい好き。食べちゃうぞぉ☆」
二人はちぎれそうな勢いで首を横に振った。
そんなことされたら即死してしまう。
「じゃ、勉強がんばってねっ!いってらっしゃ〜い!」
「いってきます…」
むしろ逝きそうだが。
二人は樺山樺子の投げキッスを必死にかわしつつ、校舎に入った。
急いで教室に向かいつつ部長はふと考えた。
さっきの鹿島とかいう奴の言いたかったことってなんだろう。
まさか本気でケコーン…
と考えて、慌てて首を振って否定した。
ありえないっす。
あ、しゃべり方うつっちゃった…
まぁ放課後の草むしり一緒になっちゃったみたいだし…追々話は聞くだろうけど。
そんな風に考え事してたら、こけた。
「あぅん」
一方ショウタは…
「信楽センパイと…二人きりで草むしりっすか…」
なんだか無性にドキドキしていた。
ドキドキしすぎて、こけた。
「あだっ!」