第16話『ドキドキの草むしり』


「というわけでぇ〜…」

昼休み、部長がカオルにしょんぼりと頭を下げた。

「遅刻10回記念の草むしりおめでとう。」

カオルが抑揚のない口調で淡々と拍手した。

「めでたくないやい。ってか、今日の部活なんだけど、なるべく早く行くからってみんなに…」

「はいよ、伝えておく」

「せっかく台本できたところなのに、ふがいないおいら…」

カオルは力無くたれ下がった部長のしっぽと、部長の顔に交互に視線をさまよわせ、かすかに微笑んでみせた。

「そのフヌケぐあいが、おまえらしいとこなんだからさ。もっと自信持ってフヌケろよ」

「励ましてんのか、馬鹿にしてんのか…」

「まぁでも、部活のことは任せろよ」

「ありがたやぁ…」

カオルは軽く部長の肩を揉むと、教室に戻ろうと振り向いた。

「あ、カオルさ」

「うん?」

「なんか、口数多くなった?」

「そう?」

「なんとなくだけど」

「だとしたら、おまえの影響かな…」

「う…悪影響?」

「バカ」

困ったように笑うと、そのまま立ち去ってしまった。

厳密に考えると、口数よりもむしろ、性格がやや垢抜けたように感じた。
自分の影響と言われると妙な感じだが…今回は喜んでいいのだろう。たぶん。

さっさと草むしり終わらせて、部活行かなきゃ!

しっぽに力を入れてみた。


同じ頃、一年生の教室では…

「ダイスケ、ダイスケぇ」

ショウタが、自分の前の席のダイスケに手を伸ばし、頭をペシペシと叩いた。

「なんだなんだうっとーしい…」

昼食を終え、ノートに落書きをして遊んでいたダイスケは、振り返らずに鉛筆を走らせながら返事を返した。

「今日の放課後、デートが決まったっす〜」

「ぶっ!!」

鉛筆の先が折れた。

「だっ、だだだ誰と!?」

思わず身を乗り出して振り返っていた。
鬼気迫る表情のダイスケに動じることなく、ショウタはにこやか答えた。

「ほら、三年の信楽センパイっすよ。演劇部の」

「信楽ぃ?ああ、あの変な人か」

「ぷにぷにしててかわいいっすよ?」

「何おまえ、そういうタイプが好きなわけ?」

「うん〜」

「うん〜っておまえな。だいたい何だよ、ろくに話したこともないくせにデート
なんて」

「ぶっちゃけると、単に遅刻十回目が重なって、一緒に草むしりするだけなんすけどね」

「あ、なるほど。安心した」

「なんでダイスケが安心するっすか?」

「…いや、ほら、ね?」

「?」

「よく知らない人とデートなんて言うから、心配じゃないか」

とりあえず気付け、この鈍感。

「えっ、もしかしてダイスケ、そんな…」

「あっ、いや…」

気付かれたか!?
そうなったらなったで急に恥ずかしい。
思わず顔を赤らめてしまった。

「信楽センパイは渡さないっすよ!」

「それじゃない!!」

「ほへ〜」

「ほへ〜 じゃなくって…」

気付いてもらおうと思ったことが間違いだったようだ。さすがは天然記念物。

ダイスケのノートには、ショウタの似顔絵が描かれていた…


そして、放課後がやってきちゃったりしちゃったのだ。

まず生徒指導室に来るように言われていた二人は、樺子先生の色香を払いのけ、
草むしりの指示を受けていた。

「とりあえずぅ〜、二人には第二校舎の周りの草を一面むしってもらっちゃおっ
かなぁ〜♪一時間しっかり働いてね。あそこ最近お手入れしてなかったから、草
ボーボーなのよねぇ…あっ、二人のあんなトコロもボーボーかなっ?そこはむしらなくていいからね!うふふ、アタシってばエロ〜い☆」

顔を赤らめ、美しい巨大な尻をブリブリと振ってみせた。

「…ってアレ、二人ともいな〜い!話聞いてたのかしらぁ…プンプン」


「ハァ、勘弁して…」

「草むしりより辛いんすけど…」

二人は廊下の隅で息を切らしていた。
話の後半は聞かずに飛び出してきたのだ。
目を合わせたら死ぬかもしれないし。

「とりあえず、行くか…」

すでに体力を奪われた感じだが、よろよろと草むしりに向かった。


第二校舎の外側は言われた通り長く伸びた草で覆われていた。
日陰になっていない側なので、直射日光が激しい。
夏場は熱中症を考慮して、作業時間が一時間ということになっているらしい。

「さーて後輩、始めるかぁ」

「あ、はいっす」

部長は軽く手をほぐすと、手当たりしだいに草をむしり始めた。

「あーっ、ダメっすよ!」

「ん?」

「ちゃんと根っこから抜かないと、すぐ生えてきちゃうっす!」

そう言われて、むしった草を見ると、確かに葉の部分をちぎっただけだった。

「う…意外と細かいのね…」

「基本っす。それとこれ、使ってください」

そう言ってポケットから、白い軍手を取り出した。

「おー、気が利くねぇ!」

「オレの手編みっすよ!」

「じゃ、いらない」

「何なんすか!ジョークに決まってるじゃないっすかぁ…」

ウルウルと目を潤ませながら軍手を引っ込めた。

「んにゃ、わかった、わかったよ!」

慌てて軍手を奪い取る。

すんごい対応しにくい相手だ。

後輩でここまで部長のキャパシティを越える相手は珍しい。

早く一時間経過してほしいものだと、思わず息を吐いた。

一方ショウタは…

(このまま時が止まってしまえばいいのに…)

心の中でそんなことを呟いていた。

草むしりをしながら、隙を見計らっては部長を眺めていた。

草をむしるのに丸めた背中。丸く出たお腹。肩から腕にかけての動き。
たまに汗をぬぐう仕草。

これだけでご飯三杯はいけそうだ。
胸がドキドキする。
一目惚れとはこういうことなのだろう。

何か、話さなきゃ…

「信楽センパイって…」

「うん?」

「かわいーっすよね!」

「ぶへっ!」

何をいきなり言い出すんだ、この小鹿は。

「あ、でも…センパイぐらいの人だとやっぱ恋人の一人や二人はいるんすよね?


「な、何を失礼な。おいら浮気はしない主義ですー」

ムッと口をとがらせた。

「えへへ、失敬」

常にニコニコと、掴み所がないヤツだと思った。

「オレね、お笑い同好会なんすよ」

「ああ、言ってたねそんなこと」

「信楽センパイは演劇部なんすよね?」

「まあね?」

「にゃははぁ♪ってことは気が合うかも!」

「待て待て、待ちなさい」

なんか一人で盛り上がろうとしてるのでやんわりと制止した。

「変だよね?おいらが演劇部で、君がお笑いだから気が合うってのは、何か話の順序飛ばしてなくない?」

「ん〜、ほら、演劇もお笑いも人前で演じるって点は一緒っすよ」

「そう言ってくれたらわかるんだけどさ、君の言ってることは、起承転結の起と結しかないじゃんかよ」

「『愛があれば言葉なんて些細なものなのさ』」

「そういう問題じゃないってか誰の言葉だそれは」

思わずツッコミも入れたくなる。

「センパイったらもう、なんだかんだでノリがいいっすねぇ!」

「だからさぁ…」

さっきから一向に手が動いていない。
ある程度草むしりを終えておかないと、後日再びやらされることも有り得る。

これ以上相手にせず、草をむしろうか、と考えた時、ショウタが思わぬことを口にした。

「実はっすね」

さっきより声のトーンが落ちている。

「あいや、センパイに話すことでもないっす!気にしないでくださいっ」

「何よ?」

「何でもないっすってば」

「じゃ、聞かなーい」

「実は恋の悩みなんすけど…」

「何なんだおまえはっ」

頭を抱え込んだ。
ここまで自分のペースを乱さないヤツなんか見たことない。

「あの、同じクラスにレッサーパンダのダイスケってのがいるんすけどね、そい
つ美術部で、絵が上手くて、あと、出身中学は象之鼻中学校で、趣味はモータースポーツの観戦で、そんで住所は…」

「いやいや、おいらが君の友達の個人情報知ってどーすんのだ」

さっき以上に言ってることが支離滅裂になってきている。
よく見たら汗だくで顔が赤い。

「う〜…その、ダイスケが…」

「お、おいダイジョブ!?日射病じゃないの!?」

「そいつ、オレのこと…」

フラッ…

「だあぁっ!!」

倒れかかったショウタを慌てて支えた。

「オレのこと…好き、みたいで…はふぅ」

そこまで言って、ガクンと意識が落ちた。

「えぇっ、ちょっ、死ぬな!!おーい!!」

ショウタよ、短い付き合いだったが、君のことは忘れたくても忘れられねぇ。
どうか安らかに眠れ…

部長は静かに黙祷を

「…捧げてる場合じゃないや。」

部長はショウタに肩を貸すと、保健室に向かった。


『職員会議中につき、担当不在です』

保健室の入口にはそんな貼紙がしてあった。

「ありゃりゃ…」

とりあえず鍵は開いていたので、ベッドを借りて休ませることにした。
部長はせっせとタオルを冷やし、ショウタの汗を拭いた。

「ふぅ…世話のやける後輩だにゃぁ…」

寝かせたベッドがぐっしょりと濡れるほど、全身汗だくになっている。
このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。

部長はぎこちない手つきでショウタのシャツを脱がせると、乾いたタオルで汗を拭き始めた。

「う〜…ん…」

ショウタの大きな耳がピクッと動いた。

「お、気がついたか?」

「はれ…信楽センパイ」

うつろな目付きで部長を見つめた。

次に、自分の置かれている状況を確認した。

なぜかハダカ。

その自分の体に手を置いている信楽センパイ。

つまりっすね、

「いやあぁぁぁっ!信楽センパイったら、会ったばかりなのにそんな大胆すぎるっすっ!!」

「ちゃうわっ!!」

間髪入れずツッコミを入れた。だいぶツッコミも慣れてきた気がする。
慣れてどうする。

「オレ、もっと清らかな関係から始めたいっすー」

大きな耳を塞ぎながらイヤイヤと首を振った。

「あのね、日射病かと思ったらなんでそんないきなり元気なの君は…」

「オレ、考えすぎるとオーバーヒートして頭グルグルになっちゃうんすよ」

「ああそぅ…」

「でね」

ベッドの上であぐらをかきながら、窓の外に視線を移した。

「さっきの続き、ダイスケっての…あからさまにオレのこと好きみたいな感じで」

「ふむ…」

「でもオレ、どうしていいかわかんなくて」

「そいつのことが嫌いなの?」

「いや!好きっす。好きっすよ。でも…えっと…」

「だー!いい!考えなくていい!また倒れられたら困る」

「アイツがオレを好きでいてくれるのは嬉しいけど、オレなんか、自信ないし…だから、オレが叶わない恋でもして、諦めてもらった方がアイツのためじゃないかなぁって」

「バカかよ?」

きっぱりとショウタの言動を否定した。

「あのさ、相手の気持ちに気付いてるならさ、逃げてないで何かリアクションしなきゃいけないんじゃない?おいらに逃げ場を求められても困るってもんだい」

「うぅ…」

「どっちに転ぶにしてもさ、転ぶ方向は自分で決めようぜ?」

部長はタオルを投げ渡した。

「信楽センパイ、惚れ直したっす…」

がくっ。

「おまえなぁ…」

すっかり呆れ果てた。
というか、まるで考えが読めないので何が本音なのか判断しにくい。
本人的にはいい性格なのだろうが、これでは付き合う相手に苦労ばかりかけてしまうだろう。

そんな心配をしていたら、ポケットの携帯が震えた。

「はい、もしもし」

「部長!?いつまで草むしりしてるワケ!?」

ミナの怒声が受話器越しに響いた。
何事かと、ショウタが耳を立てる。

「ひいぃ、ごめんなさいっ」

時計を見たら、草むしりを始めてから二時間は経っている。

「部員足りない中でギリギリなんだからね、演出のあなたがいなきゃどうにもならないでしょ。コウくんなんかさ、部長に指示されなくてもって、自分なりってことで一生懸命役作りしてんのに肝心の部長ときたらまったく」

「ごめんなさい、ホントごめん!」

人手が足りない演劇部。
部員数一名のお笑い同好会。

いいことを思いついた。

「ミナちゃん、あのさ。新入り一名連れてくから、それでチャラでよろしく!」

「はぁ!?ちょっ」

パタン、

部長は携帯をポケットに収めると、ショウタを見つめて不敵に笑みを浮かべた。

「何すか!?」

「まぁ、その、なんだ。おいらに手を出したのが運のツキってことでさ。ごめんな、これにサインよろー!」

そう言って、演劇部の入部届けを押し付けた。

「えーーっ!!」

驚きつつも、(信楽センパイに取り入るチャンスかも!?)とちょっとドキドキしちゃう、ショウタであった。