第四話「ヒトノカタチシタ、ヒカリ」(後編)


〜雑居ビル・4階〜

慎哉「はぁはぁ、ふぅふぅ」

幸助「はぁっ……はぁっ……追ってきてる……?」

慎哉「い、いや、ぜんぜん」

幸助「入り口でつっかえてたりして」

慎哉「あはは。そうかもな。俺たちあんな太って無くてよかったなw」

幸助「なーw」(むぎゅむぎゅ)

フィーダーは、この階に存在している。社屋丸ごとが入っているようだ

慎哉「ドサクサ紛れに触んのやめろって。で、今度こそどーする?」

幸助「もう正面から入ってもいいんじゃないかなぁ」

慎哉「だな。で、ミッションの具体案は?」

幸助「とりあえず社長さんに会って……」

慎哉「あんなもんばらまくのやめてくださいってか? 無理だろ、説得なんて」

幸助「いや、社長を人質に取り、他の社員を脅せば……」

慎哉「結構ひどいこと考えてるね、コースケ」

幸助「……冗談だよぉ。とにかく、社長か偉い人に一連の事情を聞こうよ」

慎哉「……気が進まないなぁ。サーバぶっ壊してダッシュ逃げ、じゃだめ?」

幸助「う〜ん、人んちのもの壊すのは……それにオレ、知りたいんだよ。なんでこんなことになっちゃったのか」

慎哉「わかった。でも、いざとなったら俺も、考えがあるからな」

幸助「その時は任せた」

慎哉「おっし、行くぞ!」

幸助「おー!」

正面玄関を開けると、間仕切りで仕切られた応接室が目に飛び込んできた。しかし、薄暗い

慎哉「あれ? まさか休み?」

幸助「誰もいない?」

そのまま応接室を通り抜けると、いくつもデスクの並んだ広い部屋に出る。一昔前の会社のデスクの並びで、今風のパーティション分けにはなっていない

慎哉「おい、なんか、凄く散らかってるぞ、この部屋」

幸助「ここ、ほんとにフィーダー?階を間違えたとか……」

幸助の足元で、何かがかさかさ走り抜けていく

幸助「ひぐっ!!!」

慎哉「っか、声だすな!」

幸助「だ、だって……ご……ごき……」

慎哉「違う、あれはなんか別物だ。ほら、あっちの部屋から光が漏れてる。サーバ部屋はきっと向こうだ」


〜サーバルーム〜

幸助「うーわー……サーバーってこんなんなってんだ」

ここは整然と片付けられている。いくつものサーバが並んでいて、全てフル稼働中だ。

慎哉「おれも、始めて……って、コー……」

何かに気づいた慎哉が、声を潜めて指差した

幸助「ん……?」

奥のメンテナンス端末に、誰かがうずくまっている。

幸助「……!」

???「あ、あは、きたね、きみたちぃ」

幸助「あ、どーも……お邪魔してます」

慎哉「ばか、ふつーに挨拶してどーすんだよ」

幸助「だって初めて会う人には丁寧に挨拶って母ちゃんが」

端末にうずくまっていたのは、気味が悪いくらいにがりがりに痩せた犬族の男だ。
ゆらり、と立ち上がってこちらを見て、にたりと笑う。

幸助「うっ……」

慎哉「うげぇ」

幸助「オレ、この人ニガテかも……」

???「はじめまぁしてぇ。俺は、この会社の社長、辻というものだよぉ、えひひ」

慎哉「こーすけぇ、こいつ、やばいよぉ」

幸助「ごめん、オレこの人と話し合いはイヤかも……」

分厚い眼鏡の向こうで、焦点の定まらない血走った目が、ギラギラ光っている

「きみたぁち、俺様のおかねもーけのじゃま、しにきたんでしょぉ……わかってるんだよぅ、ひへははは」

幸助「シ、シンヤ!!お、オレたち来るトコ間違ったっぽくない!?」

涙目で幸助があたふたと慌て出す

慎哉「もう、おそいって……」

幸助「オレ帰りたい〜〜〜……」

慎哉「に、逃げよう!」

幸助「うんっ……!」

「ダァメ!」

どん! と言う音と共に、サーバルームに丸々した男たちがなだれ込んでくる

幸助「ぎゃーーーーー!!!」

あっという間に二人は押しつぶされ、組み伏せられた

「えひゃははははは。バカなガキがぁ!」

幸助「うぅ、ちくしょー!」

「まったく……うっとぉしーんだよ! お前らみたいなのはなぁ、俺様のゲームで、いつまでも机にへばりついて、むしゃむしゃ食ってればいいんだ!どいつもこいつも、俺の、俺の、邪魔ばっかりしぃあがってぇ、へやはははははは!」

幸助「そんな危ないゲームばっかり作って、いったい何が目的なんだよ!!」

「もくてきぃ? そんなの、かねにぃきまってるだろーがぁ」

幸助「金!?」

「金だ、金、金、金かねかねかねかねぁ、あひゃはあああはやは!
かねさえあればよぅ、何にもしんぱいいらねーんだ。かいしゃもさぁ、すげーおおきくなって、そんで、おれさまが、なんにも心配しなくてすむんだよぉ」

幸助「ふ……ふざけるな!!」

「あーん?」

幸助「そんなつまんない目的のために、いったい何人の人生狂わせたと思ってんだよ!!」

「お前に、会社の何が分かるってんだ!」

辻の目に一瞬、閉ざされた正気が戻ってくる

幸助「社員もいないのに何が会社だ!!」

「社員だと……あいつつらはなぁ、俺が、俺が、あいつらを、ああ!?」

再び焦点が狂って、ヨダレが一筋垂れる。

幸助「う……」

「うるせえよ。とにかく、てめぇらも、俺のために金を生む豚になれ。……『ヘスペリデスぅっ!!』」

虚空にあの黄金のリンゴが浮かび上がる。しかも二つ。

幸助「このリンゴ……!!」

「さぁ、おいちいごはんの時間でちゅよ〜」

慎哉「こ、コースケぇっ!!」

幸助「シンヤ!絶対食べるなっ!!見るのもダメ!!」

慎哉「あ、ああ、でも……う・ま・ソ・ウ」

リンゴの香りを嗅いだ途端に慎哉の目は虚ろになり、引き寄せられるようにむしゃりとリンゴにかぶりついた

幸助「シンヤ!!」

慎哉「……はら、へった」

リンゴを食べた途端に、シンヤの目から光が消える

幸助「そんな……」

「あひゃはははは、ほら、そいつをつれてけぇ!」

支配下に置いた男たちに命令すると、辻は幸助をじろりと睨んだ

「さぁ、次はお前だぁ……。ともだちとなかよぅく、な?」

幸助「い……イヤだっ……!!」

「むだだよぉ。俺のヘスペリデスからはぁ、逃れられねぇ」

金のリンゴが目の前にちらつく。すでに幸助の意識は今にも途切れそうなほど、リンゴの香りで頭がいっぱいになっている

幸助「う……」



どうする?
・名を呼ぶ
・助けを呼ぶ
・強く願う
・形を想像する
・あるいは、別の何か

→・助けを呼ぶ

幸助「ヤだ……誰か、たすけてぇっ……!!」

「あひゃひゃ! だーれも、きやしねぇよ!」

どうする?
・名を呼ぶ
・強く願う
・形を想像する
・あるいは、別の何か


→・強く願う

幸助「し……シンヤを……みんなを元に……オレ……もう……」

「なにぶつぶつ言ってんだ、このガキ。早く食えってんだよ」

どうする?

・名を呼ぶ
・形を想像する
・あるいは、別の何か


→・あるいは、別の何か

「観念しろヨ。妄イイカゲンニサァ、hihiヘヒヤhihaーっ!!?」

薄れ行く意識の中、幸助は震える手で腹を叩いた

幸助「なぁ……腹虫……オレ、シンヤを助けられるかな?」

「なに、ぶつぶついってヤガル」

<こう……す、け>

幸助「オレ、決……心、ついたかどうか……わかんないけど……」

<こう……すけ>

幸助「力が、欲しい」

「てめぇも、アノがきミタイニ、俺ノブタニナレェ!」

狭い視界の中で、慎哉の姿が、見る見る醜く変わっていくのが、一瞬だけ見えた

<なを、よんで>

<きみの"ひかり"のなを>


幸助「……シンヤを、みんなを助けたい!!」

僅かに残された意識を繋ぎとめ、カッと目を開いた

幸助「頼む!!」

腹の底から、搾り出すように、その「名」を叫ぶ

幸助「『ツバサ』ァァァァァッ!!!」

その一言に導かれるように、幸助の体が大きく爆ぜる
体の奥に埋まっていた「何かが」、光になって外に生まれ出でる
それはちっぽけな金のリンゴを吹き飛ばし、荒れ狂うように世界を埋め尽くす

「オレノ、オレノ金ガ!? オレノおれの、お・れ。no」

幸助「これは……」

次の瞬間、辻の体の中から、まるで巨大な木がへし折れるような、すさまじい音がした
そのまま、枯れ枝のようにくず折れると、辻は地面に横たわる。
そして、幸助の視界も、急激に薄れていった


〜???〜

<こうすけ>

<おきて、こうすけ>


幸助「……腹、虫……?」

<ちがうよ>

<ぼくは「ツバサ」>


「……!」

ツバサ<きみがぼくにくれたなまえ>

幸助「夢じゃなかった……」

ツバサ<きみのおもい、ちゃんとうけとったよ>

幸助「オレ……ただがむしゃらに願っただけで……」

ツバサ<きみのねがいは、かたちがない>

ツバサ<でも、おおきくて、あったかい>

ツバサ<だからぼくは、きみのねがいをうけて、どこまでもとぶ>

ツバサ<この「つばさ」が折れるまで>

幸助「オレの……オレのツバサ……!」


〜フィーダー社・サーバールーム〜

慎哉「おい、コースケ! おい!!」

幸助「う……ん……」

慎哉「よかった……気が付いた……」

幸助「あれ、シンヤ……大丈夫か……!?」

慎哉の体はなんともない。もちろん、体型は以前のままの太めだが。

慎哉「俺、あのリンゴ食ったら、もう意識がなくなってて……で、気が付いたらここに寝てたんだ」

幸助「……あの社長は!?」

慎哉は、言いにくそうにすると、無言で近くの床を指した
そこには、ぐったりとして、虚ろな目をした社長が横たわっている

幸助「……なんか、様子が……」

辻だったもの「はい……もうしわけありません。かならずきじつまでにおしはらい……はい……もうしわけありません……わかってる……ちゃんときゅうりょうは……」

慎哉「……とにかく、行こうぜ。襲ってきた奴らも、もういなくなってる」

幸助「でも、あの人……」

慎哉「病院に電話しよう。俺らにできるのなんて、そのくらいだろ」

本当に、そのくらいだろうか

辻だったもの「……うん……らいげつには、ちゃんとおかねが……ああ、わかってる……」

この人には、この人自身が壊れてしまうだけの理由があったのではないか

幸助「……シンヤ、ちょっとだけ待ってて」

慎哉「あ、ああ」

幸助「辛かったんだよね……」

幸助は辻の前に歩み寄り、膝を下ろした

「もうしわけありません、ちゃんとおしはらい……」

幸助「オレも、一人で空回りしちゃったから、苦しいのわかる」

「……」

幸助「でもさ、アンタはアンタなんだから。社長とか関係なく」

「みんな……だいすきだったから、まもりたかったから」

幸助「だよね……だいじょーぶ。だってもう、アンタは偽者のリンゴじゃなくて、ホントのリンゴを食べれるじゃないすか♪」

「……」

幸助「美味しい物だって食べれる。元気になって、またみんなに美味しいリンゴを剥いてやればいいんだよ!」

ガラスのようになった瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれる。

「……ありが、とう」

幸助「がんばってね」

慎哉「……さ、行こうぜ」

幸助「……うんっ」


〜数日後・幸助たちの教室〜

慎哉「あー、腹減った〜。メシ買いにいこうぜー」

幸助「うん、今日はかつ丼売ってるかな?」

慎哉「どーだろなー」

例の事件以来、dsmの被害は消えた。
同時に、dsmというゲームも子の世界から完全に消滅した。
驚くべきことに、dsmの呪縛を抜けたものは突然以前の体格を取り戻し、さしたる混乱もなくもとの生活に戻って行ったらしい

そして、フィーダーという会社もまた、人知れず姿を消した

慎哉「そういやさ」

幸助「うん?」

慎哉「あの辻って人、中小企業の社長さんで、駄菓子とか作ってた人みたい。
うちのオヤジの顔見知りでさ、驚いてた。二年位前に不渡り出して、会社を立て直す金を工面してたらしい」

幸助「それが何でゲーム会社なんか……」

慎哉「そこは、良くわかんねぇ。少なくとも、パソコンとかは苦手だったらしいよ。
あの会社、はじめは自分の会社を立て直すために作ったんだろうな。だから、儲けがでかくなっても、会社をヒルズに入れたりしなかった」

幸助「結局のところ、いい人そうだったからなぁ」

慎哉「……お金って、怖いなぁ」

幸助「でもこれでとりあえず、一連の事件も終わって一件落着?」

慎哉「そーだなー。これでようやく、ふつーの生活にもどれるってか?」

幸助「うん、なんか短い間だったけど色々あったし、ようやく気が休まるや♪」

慎哉「さてと、事件解決のお祝いに、今日はコースケのおごりでおやつ食い放題ってのはどーだw」

幸助「オレのおごりってのがワケわかんない!却下!!」

慎哉「おれ、散々お前のフォローしたろーがw」

幸助「真っ先に捕まって人の言う事全っ然聞かずにリンゴかじってたのはどこのどいつだよ!」

慎哉「うっせー。それとこれとは話が別だ! それと、ショートケーキの弁償なw」

幸助「何のことだっけか♪」

慎哉「ブッ殺スw」

幸助「ぎゃ〜!わかったわかった、ケーキぐらいならおごります!」

慎哉「うるさい! 慎哉ブリーカー! しねぇっ!!」

幸助「やめろってばあぁぁぁ!!」

良く晴れた空の下、二人の嬌声はどこまでも高く響いていった


〜???〜

???「なるほど、ね」

???「さすがは福助の息子、ってことか」

継子「しかし、まさか砕かれていたはずの「ゆめおいびと」の心まで癒してしまうとは」

「それだけ、あの子の力が大きいということさ」

???「だが、ひどく脆くもある」

継子「監視を、続けますか?」

「そうしておくれ……」

集会の間から一人、また一人と消えていくが、最後に長と継子だけが残る

継子「大きすぎる力は、災いをもたらします」

「分かっているさ。いざとなれば……それなりのことはしようさ」

二人は覗き込む。小さなツボの中に映った、じゃれあう二人の姿を
そして、その場から全ての人間の姿は、音も無く消えていった。

〜おわり〜


→第五話「思いが重なる、その前に」

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